[コラム]「はんこ」の不思議

先日、郵便局に郵便物を受け取りに行きました。

身分証明として運転免許証を見せて、「はんこ」を求められました。

「はんこ」がなかなか見つからずに困ってしまいました^^;

やっと、シャチハタの「はんこ」を見つけ、何とか郵便物を受け取ることができました。

そして、以前から不思議に思っていたのですが・・・・
なんで「はんこ」が必要なのだろうか???

確かに重要な契約書の場合、「はんこ」は必要だと思います。
「実印」といわれるもので、印鑑証明も添付しますね。

「実印」の場合、市役所で証明をとるわけで、その人本人のものであることを公的に証明しています。
ですから、「実印」は重要な契約書には必要だと思います。

でも、一般に使われている「はんこ」は誰も証明しているものではないですね。

極端に言えば、100円ショップでも手に入ります^^;

以前、アルバイトをしていた会社にはいろいろな名前の「はんこ」が保管されていました。

私が「はんこ」を忘れると、そのストックから探して押してました^^;

今回の郵便局の場合は、運転免許証を見せているわけで、
そこには写真もあります。

ですから、私本人であることを、運転免許証が証明しているわけですね。

運転免許証が偽造だと疑われるのであれば別ですが^^;

なのに、なんの証明も無い「はんこ」を要求される・・・・・
その「はんこ」がないと受け取れない・・・・・
実際、受け取れなくて自宅まで取りに戻ったこともありました^^;

そこで気になる「印鑑」について少し調べてみることにしまし^^

印鑑は西暦57年ごろ中国から初めて日本に伝えられたそうです。

1784年に発見された「漢委奴国王」の金印が最古のものとされています。

「大化の改新(西暦646年)」の後に広く使われるようになったようです。

その後、中世に入り、「花押」に取って代わられた。
「花押」は署名の変わりに自筆で記号を記したものですね^^

そして、近世以降に織田信長の「天下布武」と言う印に見られるように印鑑が復活します。

江戸時代には行政上の書類のほか私文書にも印を押す慣習が広がって行きました。

明治に入って欧米諸国にならって署名の制度を導入しようとしましたがうまく行きませんでした。
その背景には識字率の低さがあったようです。

当時の平民(農民・職人・商人)の識字率は低く、自分の名前すら書けない人が多かったようです。
ですから、当時は誰かに名前を代筆してもらい、そこに印鑑を押していたようなのです^^;

では、現在の状況はどうかといいますと・・・

=== 引用 ===

現在の法律では登記などの一部の例外を除いて印鑑の有無が効力を左右することはありませんし,とくに法律行為は意思表示のみにより行うことができま すから本来書面すら必要ありません。でも我々は相変わらず契約書を作りますし,契約書には印鑑を押印していますね。これが習慣というものでしょう。
名前に被せるような押印ですが,これは偽造防止か,あるいは公印のマネが習慣化したものと思っております。
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だ、そうです^^;

銀行では印鑑が必要ですよね^^;

以前、お友達の外国人の人に聞いたことがあるのですが、
外国人には必ずしも印鑑は要求されないそうです。
印鑑を持っていないと言ったらサインでもいいといわれたそうなのです^^;

ですから、今日の印鑑使用のほとんどは習慣と言うことになりますね^^

私に言わせれば習慣と言うようよりも惰性と行った方がいいのではと思えます。

人は一度ついてしまった習慣をなかなか変えることができません。

その習慣をはじめた時には、それは意味を持っていたのでしょう。
「はんこ」の場合も識字率の低さという理由がありました。

でも、今は成人で名前をかけない人はいませんし、身分を証明するものもあります。

ですから、「はんこ」も習慣であり惰性なんでしょうね^^;

でも、一度決めたシステムは変えられない^^;

「決まりですから」とか「そうなってます」とか言われてしまうんですね^^;

もう一度、身の回りの習慣や惰性で行っていることの意味を考えてみるのもいいのではないでしょうか?

習慣もはじめたころは、それを続けることが難しかったはずです。

続けるうちに簡単になり、
そして、それ自体を意識しなくなります。

意識から潜在意識に移ったということです。

スキーマ療法と言う心理療法の中に「自動操縦」と言う言葉が出てきます。
それは無意識に行動している状態のことを言います。

何も考えずに自動車を運転しているような状態です。
目的地には到着しますが、その間のこと(景色、路面状態、看板)とは覚えていないはずです。
ましてや、どこでどのようにアクセルを踏んだか、ハンドルを切ったかと言うことは思い出せませんよね^^

スキーマ療法では「自動操縦」を再び意識のレベルに戻すことも要求されます。

無意識で行っていること、無意識に考えてしまうこと・・・
それらを意識的に意識の領域に持っていくことで、習慣を見直すこともできます。

習慣を見直すことで、人生や社会の改善も期待できるのではないでしょうか?

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